東海道バーチャルトリップ

7)伊勢両宮常夜燈説明板、道標、同常夜燈/十字路:交差点右奥、徒歩133分、道路西側

旧道側から、同説明板、道標(明治の里程標)、同常夜燈が建っています。鉄枠で補強された道標の正面には、従町屋川中央地桑名郡、右側面には距三重縣庁拾一里丗甼餘、左側面には距桑名郡役所丗三町餘、明治廿六〇二月、とあります。
代表的な地点の此処からの距離を表している様です。説明板の説明文には、有形民俗文化財 昭和46年4月15日指定、この常夜燈は、文政元年(1818)に東海道のみちしるべとして、また伊勢神宮への祈願を兼ねて桑名・岐阜の材木商によって寄進
されたものである。石工は桑名の根来(ねごろ)市蔵(いちぞう)とある。安永は、町屋川(員弁川)の舟運や東海道筋の通行客を相手とする茶店などで賑わった場所であり、この常夜灯はその頃をしのばせる遺物である。
竿正面大神宮常夜燈、右面五穀成就、左面国家安全、裏面文政元年寅九月吉日、基壇正面材木屋中、・・・(以下17名の人名)・・・岐阜桑原善吉、裏面根来市蔵藤原恭備、文化財を大切にしましょう。平成27年 桑名市教育委員会、とあります。

両宮とは、神宮の内宮と外宮の事です。常夜燈の胴には常夜燈と彫られ、台座には材木屋中の文字も窺えます。

8)安永第一公園:交差点を直進すると、徒歩137分、道路南側

公園には遊具も置かれており、公園の入口左奥には東海道五十三次町屋橋跡高札が有ります。高札の右上には説明文が、右下には浮世絵/久波奈名所図会が、左側にはマンガ風の周辺図が描かれており、旧道も表示されています。
前回時でも劣化が進行しており、かなり見辛く成っています。此処には残念ながら、トイレは有りません。説明文には、江戸時代、ここ安永は桑名入口の立場(旅人が休憩する茶店が集っている所)であり、また町屋川の舟運の舟着場でもあったので、
大いに賑い、茶店では街道名物の安永餅を売っていた。この地点から対岸の縄生(三重郡朝日町)の間に町屋橋がかかっていた。寛永十二年(一六三五)にはじめて架橋され、川の中州を利用した大小二本の板橋であったり、一本の板橋であったり、
しばしば変わっている。下図の橋は江戸時代中頃のもので、中央は馬が退避できるように幅がやや広くなっていた。昭和八年(一九三三)、国道一号線の橋がかけられ、旧東海道の町屋橋は廃止された、とあります。

9)対岸の風景/同公園:

写真からは、旧道の向いは判然としません。あるいはカーブミラーが在る辺りでしょうか?

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