東海道バーチャルトリップ

55)左折地点/十字路:右折の先、旧道の向い

県道の左側歩道を左折して、旧道に復帰します。

56)浄土真宗本願寺派大悲山長圓寺:左折すると、右手、徒歩75分、道路西側

石柱門の右の柱には、同札が貼られています。また左の柱の左手前には、長圓寺モニュメントが有ります。門を潜ると参道左手に、魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)立札と、魯縞庵義道顕彰碑、水谷元書、が有ります。
参道先にはお堂も窺えますが、寿量寺と同様に階段の上です。水でも出るのでしょうか?

モニュメントの説明文には、浄土真宗本願寺派。古くは江場村にあったが、慶長町割の際に現在地へ移る。市指定文化財として、桑府名勝志、久波奈名所図会、桑名の千羽鶴がある。これらは当寺第11代住職魯縞庵義道(1834没)の作品である。
桑名の千羽鶴は1枚の紙で連続した鶴を多く折る、珍しい方法である。境内に大阪相撲の千田川善太郎(1804没)の墓がある、とあります。立札の説明文には、魯縞庵義道(一七六一〜一八三四)は、長圓寺十一世住職で、漢詩俳句をたしなみ、
歴史や文学にも造詣が深く、桑名藩・長島藩の儒学者たちと交流しています。また、『東海道名所図会」の編著者秋里籬島(りとう)や大坂の本草学者木村蒹葭堂(けんかどう)など全国的に知られた文化人とも知遇を得ます。義道は、『久波奈名所図会』
『桑府名勝志』『縞庵随筆』(いずれも市指定文化財)など多くの著書を著しており、江戸時代の桑名を知る上で大変貴重な資料となっています。また、義道は、十八年の歳月をかけて一枚の紙から多くの鶴を折る連鶴を考案し、その一部が『千羽鶴折形』
という書物に残されています。義道は、この連鶴の考案によって桑名藩主から鶴の家紋を許されたといわれ、現在もその紋が本堂に掲げられています。平成二十五年 桑名市教育委員会。

57)真宗謝徳山報恩寺:寺の先、右手、徒歩77分、道路西側

石柱門の頭部に、灯籠が付いています。右の柱には大正御即位式紀念、左の柱には真宗謝徳山報恩寺、と彫られています。残念ながら、モニュメントは有りませんでした。

→次の頁