東海道バーチャルトリップ
22)左折地点/江ヶ室(えがむろ)交番前:(脇本陣を探して見付からず)、左側歩道、徒歩30分、道路南側
旧道は此処を左折します。交差点左手前には青い、←みえ歴史街道東海道Tokaido道標が建っています。
23)亀山城大手門跡説明板/同交差点:交差点右奥、同分、道路北側
交差点右奥に、同説明板が建っています。
説明板の左下には、同大手門の写真が掲載されています。昔は此処が亀山城の正門でした。説明板の説明文には、
大手門は、東海道に直面する亀山城の正門として位置づけられる門である。大手門櫓と大手脇櫓から構成される枡形門で、一の門が省略されたものとなっている。大手門櫓は総塗籠、幅三間、長さ十二間で、明治初期に撮影された古写真から、
東半分が櫓台となる石垣の上に載り、西半分の下が門となっていたことがわかる。屋根は入母屋造本瓦葺で両端に鯱をあげ、門は中央に両開きの大扉を持ち、正面左側に片開きの脇戸を配していることがうかがえる。また、大手脇櫓は二間半×
三間の平櫓で、屋根は切妻造本瓦葺であった。明治初頭には石垣にいたるまで破却され、往時の形状を見ることはできないが、発掘調査により、枡形石垣の痕跡が確認されている。平成十六年九月建之、亀山市教育委員会、とあります。
交差点を左折せず県道565号線を直進すると、亀山市役所と亀山城跡に至ります。
24)亀山宿高札場跡立札、東海道歴史文化回廊/同交差点:交差点左奥、同分、道路南側
この立札は更新されています。以前の立札は普通の、棒で地面にさすそれでした。この説明板は立札形ですが、地面に置かれています。今日日の強風や雨水には弱そうです。ですから、荒天時には誰かが片付けるのでしょう。(笑)
立札の説明文には、高札場とは、幕府や藩の法令などを木の板に墨書し、人目を引くように高く掲げて置く場所です。江戸時代のこの場所は、亀山城の大手門前で東海道が直角に折れて広くなっており、亀山宿の
高札場はここに設けられていました。万延二(一八六一)年の『宿方明細書上帳』(市歴史博物館蔵中野家文書)には、高札場の大きさは、間口三間二尺、奥行一間三尺、高さ二間二尺で、大手前横町西側にあり、藩主が造ったものであることが
書かれています。また、亀山における江戸時代前半の記録『九々五集』によれば、この高札場は、領内の宿場の宿場や各村からの距離を表す場合の基点に当たります。ここから江戸まで百四里半、庄野宿まで二里、関宿まで一里半あります。
令和五年三月、亀山市、とあります。
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