東海道バーチャルトリップ

37)直進地点/公園の階段:横断後右折すると、道路北側

県道の横断歩道を渡り突当りを右折すると、左手に階段が在ります。周辺は公園と成っています。また階段の踊り場には、説明文と周辺図が埋込まれています。
旧道へ行くにはこの階段を登らずに、直進します。

38)階段と東海道亀山宿石碑/同交差点:交差点左奥、同分、道路南側

直進地点を直進すると、左手に大きな東海道亀山宿と彫られた石碑が在ります。写真右に見える坂が旧道で、左の階段は公園(お城見庭園)の通路です。
ガイドまず最初に、公園の方を調べます。少し戻り、先の階段を登ります。

39)亀山領内東海道分間絵図案内板:階段を上ると、右手、同分

踊り場の壁に、タイルが埋込まれています。右が説明文で、左が周辺図です。周辺図の左上には補修で汚れていますが、『亀山領内東海道分間絵図』、原資料 伊藤容子・・・とあります。また説明文には、
伊勢国亀山宿は、東海道四十六番目の宿。江戸からは百四里あります。文久三年(一八六三)の『宿内軒別書上帳』では本陣で東町問屋の樋口太郎兵衛、脇本陣の椿屋弥次郎、西町問屋の若林又右衛門、家数は四百五十一軒になります。
『亀山領内東海道分間絵図』(伊藤容子氏蔵・亀山市指定文化財)は、享和三年(一八〇三)に徳川幕府が亀山城主石川家とともに、実地測量(六百分の一)のうえ作成されたもので、幕府が後に完成させた、千八百分の一(分間、ぶんげん)
の縮尺による『五街道分間延絵図』の基礎絵図としたものです。現存しているのは、亀山領のうち中冨田から小野までの部分で、六巻に分けられ、その長さは二十二・八mにもおよびます。沿道の寺社や家並み、木の種類に至るまで詳細に描かれ、
十九世紀初頭の東海道亀山の状況が明確にうかがえるという点で重要な資料です。この図は、『亀山領内東海道分間絵図』のうち、亀山宿西町の「万町」から「青木門前」にあたる部分です。この場所は、図の中間点「水籠梯子置所」と表された
位置付近になり、右手に松並木越えに亀山城多聞櫓を、眼下にかつての外堀であった池の側を望む絶好のポイントです、とあります。

図ではこの遊園の東側は外堀(池の側)に面していて、先の遍照寺は池に浮かぶ小島だった様です。この池の側は現在でも亀山市役所の南に在ります。

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