東海道バーチャルトリップ
16)信綱歌碑12:歌碑11の先、徒歩10分
歌碑には三重塔が描かれています。「ゆく秋の大和の国の薬師寺の 塔の上なる一ひらの雲」、とあります。奈良に有る薬師寺の三重塔は、国宝です。
17)新出(しんで)稲荷説明板と〇(口+托の右側)枳尼天(ダキニテン)説明板:歌碑12の先、左手、徒歩11分、道路東側
写真右側の木板製の稲荷説明板の方はかなり風化が進行していましたので、前回の写真を参考にしてご説明します。同説明板の説明文には、ここから東へまっすぐ、国道一号線渡ってすぐ、ダキニ天(ヒンドゥ教由来)と稲荷信仰が
いっしょになり江戸時代では人を選ばず願いをきいてくれる神として遊女や博徒、被差別の人からも広く信仰されました。今もパワースポットとして親しまれています、新出稲荷保存会、とあります。
ダキニ天説明板の説明文には、ダキニ天はインドの古代民間信仰(ヒンドゥー教)に由来して、空海によって日本に入ってから平安時代中期には「剣と宝珠などを持った女神が白狐にまたがる姿」で表現されるようになった。
本来、稲荷信仰とダキニ天信仰は別のものだったが、「狐」を介して、日本古来の(神道系)稲荷神と仏教のダキニ天との習合(別々の教義が取り合わされること)が次第に進み、鎌倉中期頃からは神仏両系の稲荷が併存する
ことになった。戦国時代には各地の武将が城を守る神として、近世では憑き物落としや病気平癒、開運出世の神様として、特に人を選ばず、誰でも願いを聞いてくれる神として、博徒や遊女、被差別階級の人たちにも広く信仰
されたと言われている。新出稲荷保存会、とあります。
そう言えば、NHKのべらぼうでも稲荷は登場しています。また人を選ばずとありますから、祖先神では無い訳です。(笑)
18)直進地点/ト字路、大木神社参道:説明板の先、右手、徒歩12分、道路西側
旧道の右手に、石鳥居が建っています。旧道は此処を直進します。鳥居の先、参道右手に、式内大木神社社碑が建っています。交差点右奥には信綱歌碑13も建っています。
鳥居を潜ると、右側の石柱の裏には十五年一月、左側のそれには寄進者舟橋永太郎、と彫られています。また社碑の裏には、明治十九年戌十一月、と彫られています。
ガイドは大木神社に立寄る為に、此処を右折します。
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