東海道バーチャルトリップ

67)親柱と徳川家康の思案橋(石薬師南町橋)説明板/十字路:交差点左手前、左奥、徒歩61分、道路東側

交差点の左手前、左奥に石製の親柱(モニュメント?)が有ります。左奥親柱の左には、徳川家康の思案橋説明板も在ります。説明板の説明文には、
天正十年(一五八二)、徳川家康は明智光秀が本能寺の変を起こしたことを知った。そこで一旦三河へ帰ろうと、伊賀越えをして石薬師を通り、四日市に向かったという説がある。この石薬師南町橋は当時街道の重要な分岐点であった。
東に向かって同盟関係にある織田信孝の神戸城で保護してもらおうか、それとも采女の杖つき坂を経て四日市方面に向かおうか。どうしたら安全に三河へたどり着くかこの逃避行で最も試案した場所の一つが、この南町橋の上だったのでは
なかろうか。後に、「石薬師の思案橋」として伝えられることとなった。四日市市浜町にも史跡・思案橋がある。ここより海路を進むか陸路を進むかを思案したとされる場所である。四日市を通るには石薬師思案橋を通過せねばならないわけである。
令和五年二月、石薬師地区明るいまちづくり協議会、とあります。

68)上田加佐登道標/十字路:交差点右奥、右手、同分、道路西側

交差点の右奥には、同道標が在ります。道標の正面には、上田加佐登と彫られています。石薬師町の先には、上田町と加佐登町が在ります。道標の後ろには目立つ赤い矢印の、石かわ道標もあります。飲食店でしょうか?

69)信綱歌碑29:道標の先、左手、徒歩62分、道路東側

歌碑には、道を歩む修行僧?が描かれています。「ありがたし今日の一日もわが命 めぐみたまへり天と地と人と」。

→次の頁