東海道バーチャルトリップ

67)下り坂:道路を横断すると、徒歩182分


此処からは台地を下ります。下り坂の先には小川が流れています。後述する様に、この坂は大久保坂と呼ばれていた様です。

68)小川:下り坂の先、右手、徒歩186分、道路北側

この川は現在は旧道の下を流れている(〜暗渠)様です。ですから、昔は此処に橋が架かっていたのでしょう。この川の名前は後述する様に、大久保川の様です。

69)鍋島公陣屋、大久保坂案内板:小川の手前、右手、道路北側

お手製の様です。上に陣屋の説明が、下に大久保坂の説明が記されています。この案内板も前回来た時には有りませんでした。陣屋の説明には二つの地図が、大久保坂の説明には三つの絵図が使用されています。
陣屋の左の地図には、「注:明治23年発行国土地理院地図に慶応時代の大久保付近の絵図を重ねた絵図」と、右の地図には、「出典:土地図面組合せ予備図、着色・〇〇〇〇〇〇」の記載が有ります。
左の地図の下の説明文には、上図の陣屋は、東光寺西を北上する農道の東側と大久保川西側の間に広がる平坦地に大久保陣屋がありました、とあります。東光寺という名前のお寺は、この辺りには沢山有ります。

大久保坂の三枚の絵図は、上に出展:東海道分間延絵図(文化4年、西暦1807年)、その下左に弥次喜多と思われる漫画、右に東海道中膝栗毛遠江国、とあります。
その右の説明文には、上図の分間絵図とほぼ同時期に発刊された東海道膝栗毛大久保の項に大久保坂が出ている、左図の弥次・北足跡にも紹介されている、見付地区地域づくり協議会、協賛:東大久保愛する会、とあります。
かなりの力作です。

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