東海道バーチャルトリップ
55)直進地点/二叉:案内板の先
七つ道案内板の先には右に下る道も有りますが、此処を間違える人は居ないでしょう。(笑)
写真の奥には、古戦場大日堂説明板も窺えます。
56)古戦場大日堂説明板:直進地点からすぐ、徒歩166分
この写真からは大日堂の境内が見て取れます。同説明板の右側には巻いて上る坂道が、左側には上り階段が、その左後方には大日堂が控えています。説明文には、
戦国時代の始めごろは、遠江地方は駿河の今川氏の支配下におさめられていたが、今川氏滅亡後は今川氏に代わって家康によって治められた、元亀三年(1572年)甲斐の武田信玄が遠江に進出、徳川勢は浜松城を出て、
三ケ野・見付宿・一言坂と戦った、大日堂の高台には、本多平八郎物見の松と伝えられる大松、この丘陵に立てば、太田川から遠く袋井まで一望、とあります。
57)大日堂:説明板の右を通り坂を上ると、徒歩167分
正面には本堂が在り、本堂右端には大日堂立札が建っています。由緒、所在地磐田市三ケ野一二二六−一、創建年代(開山)養老元年(七一七年)、本尊大日如来、
大日如来は平安時代に弘法大師によって伝えられ如来の光はあまねく一切平等で陰をつくらない太陽にも勝る宇宙の根本佛で諸佛はこれを中心に展開するという。、由来、明治に入り社寺制度の改革が行われ従来の佛堂は極めて
小さなお堂に改められ大正十一年(一九二二年)に現在ある大日堂が復興されました。、とあります。
また本堂左手には石像二体が収められた地蔵堂、右手には大日堂石碑と展望台が有ります。
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