東海道バーチャルトリップ

58)大平一里塚/変形十字路:神社を罷り旧道に戻ると、交差点左奥、徒歩150分、道路西側

十字路左奥、藤川宿側から順に、国指定文化財史跡大平一里塚高札、史蹟大平一里塚石碑、岡崎観光きらり百選No.2大平一里塚看板、手前に東海道道標、奥に塚と立木。
そして此処が、東海道80番目の大平一里塚なのです。高札の説明文には、
一里塚とは道の両脇に一里ごとに塚を築いて道標としたもので、制度として確立したのは、江戸幕府が慶長九(一六〇四)年に江戸・日本橋を起点として各街道に一里塚を築造させたことによる。大平一里塚は東海道の一里塚のうちの一つで、
日本橋から八十里にあたる。東海道の一里塚は永井白元、本田光重が奉行となり、代官や領主に築造させているが、大平一里塚は領主である本田重次の子成重が築いた。現在の大平一里塚は、昭和三(一九二八)年に道路改修の際、
北側の塚は破壊され、南側だけが残ったもので、塚の大きさは高さ二・四メートル、底部縦七・三メートル、横八・五メートルで、中央には榎が植えられている。元は榎の巨木であったが、昭和二十年の台風で倒木したために新たに植えられた
ものである。このように一里塚には根張りがよく、塚の崩落を防ぐ目的で榎が植樹されていることが多い。昭和十二年十二月二十一日指定、岡崎市教育委員会、とあります。

59)秋葉山常夜燈とお堂:一里塚の向い、交差点右奥、同分、道路東側

頭部には秋葉山、胴には常夜燈、台座には町内安全とあります。

60)横断歩道消失地点:一里塚の先、徒歩153分

目の前を横切る道路に、横断歩道は有りません。左に迂回して、大平町新寺交差点/国道一号線の横断歩道を使用します。此処からは迂回路です。

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