東海道バーチャルトリップ
19)白須賀宿マップと湖西市白須賀宿火鎮神社大型道標(旧):神社の先、右手、徒歩120分、道路北側
今回は旧道右手に選挙用の掲示板が置かれていたせいか?、同マップと同道標を見付けられませんでした。
マップには13の名所が案内されています。お稲荷様、(現在地)、一里塚跡、潮見観音像、坂下のおらんとう様、うないの松、点燈山、潮見坂、潮見坂上の石碑群、潮見坂公園跡、
十王堂、本陣・脇本陣跡、火防樹、庚申堂。また大型道標には、二川宿←10.1km、新居宿→3km、とあります。此処は既に(元)白須賀宿なのです。
この白須賀宿は先の吉原宿と同様に、災害による移転を繰返しています。
20)東屋とベンチ:道標の先、右奥、徒歩132分、道路北側
旧道の右奥に設けられています。前回と変わっていませんので、公園にする気は無さそうです。(笑)
21)一里塚跡と高札建場跡:東屋の先、右手民家の前、徒歩143分、道路北側
此処には一里山旧址石碑と高札場跡石碑が在ります。そして此処が、東海道70番目の白須賀、元町一里塚なのです。
前回来た時には二つの石碑の後方に、各々一里塚跡立札、高札建場跡立札が建っていました。名残惜しいので此処に、失われたこの二つの立札をご紹介しておきます。
またガイドは比較的安価で済む、ネット上での名所、観光地情報の集積+QRコードによるアクセスをご推奨しておきます。(笑)
一里塚跡:一里塚は、徳川家康が最初に手掛けた東海道の整備事業のときに設けられたものです。慶長九年(一六〇四)から江戸日本橋を基点に一里(約四キロメートル)ごとにつくられました。
塚は旅人の目印のためにつくられたもので、街道の両側に高さ二メートルほどの盛土をし、榎・しい・松などが植えられました。この辺りにでは、一里塚のことを一里山と呼んでおり、石碑にも「一里山旧址」と彫られています。
高札建場跡:幕府・大名が、法令や禁令・通達を板札に墨書した高札を掲示した場所を高札建場または、単に建場といい、宿場・渡船場・問屋場など、人の目につきやすい場所に設置されました。
白須賀宿には、ここ元宿と東長谷に一箇所ずつ設置されていたほか、加宿である境宿村にも一箇所、設置されていました。
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