東海道バーチャルトリップ

1)見附跡/変形十字路:交差点右奥、道路東側

交差点右奥に同説明板が有ります。此処が赤坂宿の入口です。説明板の上部には狂歌東海道赤坂広重版画が貼られており、説明文には、
見附跡、見附(みつけ)とは、宿場の入口に石垣などを積み、出入りする物を見張ったところである。赤坂宿見附は、東西に設けられて、東は東海道を挟んだこの辺りの両側にあり、西は八幡社入口付近の片側にあった。
『赤坂旧事記』によれば、寛政八年(一七九六)代官辻甚太郎のとき、東側の見附を関川神社の前に移築したとされている。明治七年(一八七四)に取り壊された。豊川市教育委員会、とあります。

2)関川神社:見附跡の先、左手、徒歩4分、道路西側

境内には、天を衝くクスノキが有ります。入口手前に関川神社社碑、境内に入り参道を行くと右手に芭蕉「夏の月」句碑石柱、左手には石灯籠。
空堀には石橋が架かり、橋を渡ると注連縄付石鳥居。鳥居の右側には芭蕉句碑「夏の月 御油よりいでて 赤坂や 芭蕉」、とご神木。参道左側には秋葉神社、関川神社の楠説明板、小社と立並ぶ。参道正面は拝殿です。
説明板には、関川神社の楠、種別天然記念物、指定昭和五十六年三月一日、所在豊川市赤坂町関川十二、管理者関川神社総代、由来および沿革については不明であるが古老の説によると木の根元からえぐれている部分は
慶長十四年(一六〇九年)の十王堂近所(宮路山登山口の東側)からの出火による火災で約三十戸が焼失しておりその時に火の粉が飛び焼けたものであるといわれている。
この木は楠としては町内一の巨木で幹のまわりは目の高さで約七.二九メートル高さ二五.七メートルあり推定樹齢は約八〇〇年であるといわれています。豊川市教育委員会、とあります。

この目の高さの太さは、目通りと言います。

3)直進地点/長福寺参道、丁字路:神社の先、左手、徒歩12分、道路西側

ガイドは長福寺に立寄る為、此処を左折します。

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