カップ一杯の幸せ

今日も三題噺を一つ。題目は、将棋ルールのバッティング、憲法第9条、首相の寄付、です。

最近ユーチューバーのそら氏の動画を見て、詰将棋での将棋ルールのバッティングを知りました。詰将棋の作者は数学者、暗号学者の縫田光司氏で、同作品「最後の審判」は詰将棋パラダイスに発表された様です。
同詰将棋の動画解説はそら氏以外にも多数アップされていますから、皆様も是非ご覧ください。
同詰将棋が表現しているのは、
1)打歩詰め
2)連続王手の千日手(〜禁止手順、局面)

ルールのバッティングです。
日本将棋連盟のページには「打ち歩詰め」について記載されており、
持ち駒の歩を打って相手の玉を詰ませるのは反則です、とあります。
ですが、同詰将棋の場合には、2)の連続王手の禁止を無視すれば、詰めるべき玉を詰ます事は出来ません。

では「連続王手の千日手」とは、どの様なものなのでしょうか?
残念ながら日本将棋連盟の同頁に記載されている反則は「二歩」、「打ち歩詰め」、「王手放置」、「動けないところに駒を進める」、「二手差し」の5つだけで、「連続王手の禁止」に関しては記載は有りません。
そこで他のページを探すと、AIに、
3)詰将棋において「連続王手の禁止」は反則ルール(正式には「連続王手の千日手」)で、攻め方が4回連続で同じ王手を繰り返すと、攻め方が反則負けになります、とあります。
つまり、連続王手ではない千日手は引分けと成りますが、連続王手の場合のみ反則負けと成る訳です。これは王手はフォース、制約手なので、相手玉に敬意を払ったのでしょう。(本当?、笑)

ですが、双方の玉が絡む双玉問題などでは、果たして「攻め方の定義」が出来るのですかね? 逆王手も有りますし。席亭などは、双方が攻め方、受け方だと思います。つまり手番によって、攻防が入替わる訳です。

そら動画を参考にして問題の局面を調べると、
1)問題の局面は60手目で、詰将棋での受け方が5六歩打と指した局面
2)打った歩が、攻め方の玉を王手している
3)この5六歩を同角と払うと、その角が詰将棋での受け方の玉を王手してしまう
4)この同角の局面が、連続王手の千日手に相当する為、同角とは指せない
5)すると、攻め方の玉は相手の王手を振払う事は出来ず、この状態で詰んでいる。
6)これは「打ち歩詰め」なのではないか?
7)受け方が5六歩と打てないのでは逃げるしかなく、これは69手で詰上る。
これがこの詰将棋の題意です。

席亭の考えは以上の通りですが、皆様はどうお考えに成りますかね?(笑)
次は憲法第9条です。

Wikiで調べると、同条は以下の通りです。
第二章 戦争の放棄
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 A前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

席亭が問題と思うのは、以下の7点です。
1)国際平和を誠実に希求し
2)国権の発動たる戦争
3)武力による威嚇又は武力の行使
4)国際紛争を解決する手段
5)前項の目的を達するため
6)陸海空軍その他の戦力
7)国の交戦権

1)の文章は法律上何の制約も生じない、単なる飾り文なのでしょうか? 人間には表現の自由があり、行動(〜他人への影響)と思考(〜内的存在)とには、大きな制約の差が有ります。
2)国権の発動たる戦争、交戦権は、国際法上でも認められていそうです。ですが席亭は過去にも言及した様に、国際法の存在を疑問視しています。何故ならば、取締まるべき組織が存在しない(〜法の定義)からです。
3)は、武力を持っていても威嚇したり行使したりさえしなければ、この条文には抵触しません。そしてこれが日本国軍備の根拠なのでしょう。しかし他国が日本国の軍備を脅威に感じるか否かは、自明では有りません。
4)これはかなり大きな制約です。これによって、自衛隊も存立可能な訳です。しかし国際紛争の中に自国防衛をも含めるか否かについては、任意性が有るでしょう。
 この憲法の意図を正しく理解するには、当時の国際情勢をも調べる必要が有るでしょう。席亭は、憲法や法律を拡大解釈する事(〜仮にそれが正しいとしても)ついてには反対です。
5)前項の目的とは、戦争、武力による威嚇、武力の行使でしょうか?
6)これは「戦力とは何ぞや?」あるいは「当時戦力としては認められていなかった様な道具も、武器、戦力として認めるのか?」という事です。
 例示すると、宇宙軍やドローン、情報兵器です。憲法が成立した時点では、宇宙軍やドローンは存在していませんでした。また情報機器、情報関連技術は、現在では大切な戦力、兵器です。
 包丁が犯人の手に懸れば凶器と成る様に、実は兵器、戦力の定義、線引きとはかなり難しいのです。

席亭は憲法改正には(時代を誤らなければ)反対であるとは限りませんが、歴史の不勉強、改竄、自己正当化、嘘付き、二枚舌が多い時代での憲法改正には、断固として反対します。

最後は、例の高市首相の寄付問題です。
これは皆様良くご存じで国会でも質疑応答が繰広げられている為、席亭が考える争点のみを記載します。皆様はどうお考えでしょうか?

1)高市首相が衆院選で当選した自民党議員全員(315名)に3万円弱(税込33,990円)のカタログギフトを贈った。
2)カタログギフトの費用は、同氏が支部長を務める自民党奈良県第2選挙区支部から支出した。
3)同カタログギフトは近鉄百貨店の販売の様だが、商品の供給元は不明。
4)包装紙には、御祝 高市早苗、とある。
5)議会で首相は、法令上問題ないと釈明。
6)単位金額は3万円と少額だが、総勢315名なので、全体の金額としては大きく(〜1000万円)、問題。
7)時期が時期なだけに、(物価高に苦しむ)国民感情を逆なでする。
8)重要な今季予算を議論する時期だけに、(野党の追及で予算審議が遅れ)問題。
9)石破前首相の10万円(〜後に陳謝)に比べれば少額。
10)一地方の支部が国を預かる国会議員に寄付をするのは、陳情や接待に相当するのではないか?
11)寄付は首相の個人名ではなく、支部の名義で行うべきであった。
12)首相は、一地方(〜奈良県)だけを優遇する様な行為をしては成らない。
13)首相は総理に成った時点で、(公平性を期する為衆参議長の様に)同支部長を辞するべきであった。
14)首相は、近鉄や供給元と癒着が有るのではないか?
15)この寄付行為は軽率である。首相の個人的な行動を参謀、スタッフ、サポートチームが諫めるべきであった。
16)首相は、自民党に対するダメージ(〜金権体質)を勘案していない。
17)自民党の当選議員に対するお祝いは、自民党が行うべきであった。(〜トップは高市首相、総理、総裁)
18)お金ではなくお祝いなので、受取る側にも受取らない自由がある。
19)すると、ある種の高市踏み絵となる。
20)ギフトもお金に近いものではなく、「今後の議員活動に役に立つ」情報等を充てるべきであった。

皆様は如何でしょうか?(笑)

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