カップ一杯の幸せ

2026年1月16日(金曜)付の朝日新聞には、「立憲と公明 新党結成合意」とあります。席亭もこれは寝耳に水で、かなりびっくりしました。
ですがこの中道(中道改革連合)はかなりアナログ、ロートルなワードで、果たして有権者には訴追するのでしょうか?(苦笑)


中道とは右派、左派とは離れた、真ん中といった意味で、白道(仏教用語:煩悩の川の間にある、悟りへの細い道)などとも似たような概念です。
ですが今日ではこの右翼、左翼も手垢の付いた言葉で、喫緊では無い課題ですよね? 果たして現在、左派暴力革命や右派独裁政治(〜軍統治、大政翼賛会)などが問題と成るのでしょうか?
現在の対立軸とはトランプ大統領/アメリカの例を示す迄もなく、ポピュリズムと国家主義との対立でしょう。
トランプ大統領の一連の動きは口の悪い席亭に言わせれば「支持率対策」で、国の外に敵を作ってそれに対処する事により国民の支持を得る訳です。
この手法はかなり有効な手法な様で、戦前の(今でも反省が足りていない)日本も同じ手口を使って、国民から支持を集めていました。(苦笑)

国連には申し訳有りませんがこの国家は今でも政治の中心で、ですから国政を預かる党、衆議院や参議院議員はかなり重要な存在なのです。それに日本の首相は大統領とは違い、国民の直接選挙では選ばれませんから。
国民の声を代弁する政党は、果たしてこの様な(アナクロな)認識で良いのですかね?

某都知事も、都の税金によって水道料金を補助するそうです。この都の税金は都が行う(必要な)サービスの費用として、都民から徴収されています。
徴収するのにも人件費が使用され、また配布するにも人件費が消費されます。こんな事をしていて喜ぶのは、地方公務員位でしょう。不要ならば、「最初から集めなければ」良いからです。(ですから、減税です。笑)
この某都知事のバラマキ行政は、ポピュリズムの一種とも見做せます。
この地方自治体は企業の法人格と同様に、「必要だから存在している」のです。席亭は無政府主義者では有りません。皆様は「国や都、地方自治体の存在意義」を、どの様な物とお考えでしょうか?

国や地方自治体は国民や住民から権力を委託されて、「より効率的な行政」を行う為に存在しています。「個人ではなく、集団の力」ですね。
利潤を追求するのではなく住民にとって必要な道路や橋は、やはり大規模な組織で無ければ為し得ない存在です。国防に使用する兵隊(〜自衛隊)や武器などもそうでしょう。
席亭はポピュリズムと国家主義との対立軸に於いては、国家主義寄りの個人、有権者です。ですからポピュリズムに対しては、かなり厳しいのです。
国や地方自治体の存在意義とは、「果たして各個人、有権者の幸福の追求」でしょうか? 「個人では為し得ない、集団の力を発揮する為」に存在するのでは無いですかね?

日本はかつての高度成長期時代にはその経済力に物を言わせて、多くの社会インフラを実現させています。ですが国民の人口が減少するにつれて、このインフラの維持が負荷、重荷、と成って来ています。道路や水道管、下水管の維持、補修などですね。
席亭も愛する北海道では、「立派過ぎる道路」を幾つも見て来ました。席亭は、ふるさと納税は目の敵にしていますから。税金を増やす為に運用するのであれば、それは地方ではなく都会の方が効率的だからです。
この様な観点での地方への投資は、はっきり言って非効率、無駄であると思います。
確かに国家の構成と運営には道路、国道は必要ですが「観光用道路」は喫緊では有りませんので、「国道への指定」は止めて置きましょう。(地方自治体に任せましょう、笑)

先の中道ワードですが、これは国家間の関係、同盟関係などにはかなり関係しています。
世界には貧富の差である南北問題以外に、イデオロギー、資本主義、社会、共産主義に関係する東西問題が存在しています。この問題は各国家の集合体である、国連に於いても未だに解決出来ていません。
ですから先の「中道」路線とは、アメリカ、ヨーロッパとロシア、中国との等距離外交を行うという事でしょうか? 北朝鮮の核も、うっとおしいですよね?
席亭も現時点では、「アメリカ、ヨーロッパから離れて、中国、ロシアへ接近」する事は、全く国家の利益には成らないと思います。後者は民主政権ではなく、独裁政権だからです。つまり、個人圧殺の危険性が有るからです。

国家の優劣や反社会的存在の確認は、以下の手法で容易に確認する事が出来ます。つまり、「情報操作やウソ、二枚舌を使用するかどうか」です。
この意味では日本は、現在のトランプアメリカとは距離を取るべきです。ですが、「過去の反省が十分でない日本」も何時の日か、その被告台に立たされるかも知れませんよね。(苦笑)

各政党はもう少し、有権者に訴追する旗印を掲げるべきだと思います。(大阪都構想も、笑)

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